2007年12月30日日曜日

スウェーデンマーク

 このまえ海外に行ってきた。就職したらもう家族旅行もないだろうから最後の大規模家族旅行ということで、両親と一緒に北欧のクリスマスを見に。スウェーデンとデンマークに行ってきました。
 デンマークのコペンハーゲン経由で、スウェーデンのストックホルムに到着。
 最高気温マイナス1℃、最低気温マイナス6℃というクレイジーな寒さにドン引きです。観光せずに寝てたいくらい酷い寒さだった。


スウェーデンのホテルのエレベータードアは何故か手動引き開け方式。


 北欧の方は税金が高く、消費税は25%という日本だったら暴動確実なお値段。物価もやたらと高く、軽くジャンキーなファーストフードを食うのでさえ、すぐに2000円近く必要という罠。
 代わりに福祉は充実しているらしい。高校だか大学を出るまで学費が無料とのこと。金銭の心配なく子供を持てるためか、単に寒いと動物は物理的距離を狭くするものなのか、街ではベビーカー連れの女性を沢山みかけた。
 向こうの赤ちゃんはまさに珠のようという表現がぴったり。みんな真っ白に蒼の瞳で、男女ともに、北欧、という感じの美人とイケメンが多かった。


街行く子供。コインを投入しないとまぶたは開きません。


 ノーベル賞の晩餐会が行われる市庁舎の広間や、ガムラスタンという旧市街を見て回る。
 向こうの方の国は、王様や女王様がいる立憲君主制。宮殿がいろいろとあるので、掲げられている旗の大きさや模様によって、その日その場所に王室の誰々がいるかどうか、というのをわかるようにしているらしい。警備上はわざわざそんなことを知らせるなんて危なっかしいと思うし、日本だったらそういう情報は秘匿しそうなイメージがあるが……きっと国民が有り難がったり、王室の権威を維持するための役割があるのだろう。


観光客に取り囲まれて写真攻めにされ居心地が悪そうな警備の兵隊。

 
 あとはヴァーサ号博物館へ。
 300年以上前に航海に出たけど大砲詰め込みすぎて重くて沈んじゃったという間抜けな船が、発掘されて、状態がかなり良かったらしく、修復されて展示してある。
 かなりでかくて豪華な船で、船の側面や背面には細かい彫り物が沢山あった。威容をこめて作られた船がすぐ沈んでしまうのをタイタニック現象と名付けよう。


船の背面。飾りが凄い。


 父は帆船好きで、スウェーデンに来たのも半分以上このためだったという。館内に入った途端、カメラ構えて飛び出して見えなくなった。
 母はトイレに入ったら出られなくなって、一生博物館のトイレで過ごすことになるのかと思ったと語った。それも、いいんじゃないか。
 
 
 
 続いて、スウェーデンを離れ、デンマークのコペンハーゲンへ。
 天気はどんよりとした曇り。北欧の冬は、だいたいこんな天気らしい。気温については、ストックホルムよりも幾分南にあるので、寒いとはいえ比較的耐えられる。というよりスウェーデンの寒さが酷すぎた。
 スウェーデンもだが、ここらへんの冬は陽が短い。朝、陽が昇るのが8時過ぎ。そして陽が沈むのが……14時過ぎ。太陽が出てるのが6時間程度しかないということに。代わりに夏は陽が長くて、夜22時くらいまで陽があるらしい。
 日の出とともに起きて仕事を始め日の入りとともに家に帰って休むのが健康的な人間の生活だ、と主張する人々を北欧に連れてきてガタガタにしてやりたいと思った。

 デンマークで有名なのは、童話作家のアンデルセン、あとはレゴとからしい。童話の人魚姫の石造が郊外にあって、観光スポットになっているとか。


人魚姫「もう野球拳はこりごり……」


 郊外にシェイクスピアのハムレットの舞台になったクロンボー城というお城があるということで、足をのばして行ってみた。一時間ほど特急列車に揺られて、郊外のヘルシンオアという駅に到着。ここまで来るともう観光客も見かけない。店ではデンマーク語のみで英語の並列表記が見当たらなくなり、わけがわからなくなる。


クロンボー城概観。海を挟んで対岸にスウェーデン。


 突入してみたクロンボー城では、城内、教会、地下牢が見学コース。
 城内、教会と回ったあと、ダークな展示が大好きな僕としては、地下牢に入らざるを得ない。


地下牢入り口。ここはまだ明るい。


 地下牢はまさに地面の下にあり、洞窟のようになっている。ぽつんぽつんと細いランプが据えてはあるものの、暗く、ぐねぐねと曲がりくねっているうえに分岐も多い。
 ようやく突き当たった感じのところに出たが、奥は本当に真っ黒になっていて何も見えない。何も見えないからちょっとフラッシュ焚いてよ、と父に言って、焚いてもらった。
 撮れた。
 心霊写真が。
 雷が落ちたときに流れるような光の筋が二本、左側の奥の方からひゅるっと出て、また左側に戻っていっている感じの写真。あのう、真っ暗だったんだけど。君達いなかったはずなんだけど。
 なんらかの偶然が重なってこんな風に写ることがあるのかなあ、と思ってちょっと調べてみたのだが、失敗写真で心霊写真ぽくなるのはカメラの露光のあれこれが原因で、デジカメでは当てはまらないという。他に何か原因考えられるだろうか。
 生身の人間より霊の方が仲良くなれるかもしれない、とか、「死ねば良かったのに」とか怖いこと言われてもデンマーク語だったらわからないから怖くないか、とか、単純に光の筋の動きが寄ってきたというより驚いて逃げただけっぽく見えたとかで、それほど怖くはなかったけれど、やっぱりちょっとやばいかねということで消してしまった。ので現物はない。とっておけば良かったなあ。
 個人的に、地下牢とはいえ、洞窟的な感じだったのであまり怖い感じはなかったかな。韓国の刑務所行ったときはあれだったけど。人間の感覚が留まっているところは怖い。
 
 
 いったんコペンハーゲンまで戻り、それからまた電車で西のロスキレという街へ。大聖堂を見たりバイキング博物館を見学。夜はホテル近くのチボリ公園というところでクリスマスマーケットをやっているので行ってみた。公園というものの、ジェットコースターや観覧車などのアトラクション、レストランなども入っているテーマパークだ。
 

賑やかなところに犯罪あり。


 北欧はもともと治安が良かったのだが、EUに旧東諸国が加入。そしてEU間は入国出国がほとんどフリーパスということで、プロのスリ集団などが流入してきて、だんだん治安が悪くなっていってるらしい。
 で、母親が見事にスリに遭う。バッグを後ろになんか提げてたから、するっとやられたらしい。注意を受けていたのでパスポートやカード類はホテルの金庫に預けていたし、スリが開いたチャックの中にはたまたま財布が入っていなかったので、盗られたのはメガネだけだが。母はご立腹。僕からすれば無用心なんだけど。海外なんて、ふとすれ違った人にいつ銃口を向けられて耳慣れない言葉で叫ばれてすぐに反応しなかったら射殺されてもおかしくない世界なんだから、鞄くらいきっちりガードしとかないと。
 僕の海外観は殺伐としている。
 
 
 そんなこんなでスウェーデン&デンマークでした。
『スウェーデン スウェーデン スウェーデンデンデデンデン』
 というフレーズが旅行中ずっと頭の中を巡っていたのだが、あの二人はもう沈んじゃったのか近頃見ないなぁ。

2007年11月10日土曜日

25歳

 昨日は25歳の誕生日だった。
 25は5の二乗という凄い数字なので、特別な一年になるのではないかと思う。
 と、例年通りに言ってみた。何年目だこのネタ。
 
 
 研究室の皆様がプレゼントをくれた。
 小学生の頃から同じ腕時計を使ってるおまえは駄目な奴だ、ということで腕時計を見繕ってくれたらしい。しかもロレックスのだ。
 僕としてはGショックのゴムバンドが腕に馴染んで軽いし良いのだが、ロレックスの腕時計と聞いてはやはり嬉しい。

 うん、でも、
 
 
 

ちょっとでかすぎるかな。



 腕時計というより盾。嵌められません。
 仕方ないので腰にまいてみた。
 
 


 問題は盤面が見えないということかもしれん。
 
 
 
 
 それと、服も貰った。
 ビジネスカジュアルがなくて着る服ないよどうしよーと言っていたので、ビジネスカジュアルを軸にチョイスしてくれたらしい。
 
 

ビジネスカジュアル。


 
 非常にやる気のない「びじねすかじゅある」の文字が印象的でした。
 
 
 そんなこんなで25であります。歳食ったなぁ。

2007年11月5日月曜日

疑疑疑

 近頃、吹き替えとか翻訳に伴うノイズの混入ってどうなのかな~と考え中。

 一昨日くらいだったか、外国のドキュメンタリー番組で、アスペルガー症候群の男の子の話がやってたんだけどもね。
 その男の子の語りも、彼を嫌うクラスメイトの語りも、日本語吹き替えだったのよ。

 で、画面に映った表情だけを見てると、彼らはそんなに抑揚なく喋ってる風に見える。でも目を瞑って声音を聞いてみると、声色は、沈んだ風だったりつっけんどんになってたり、緩急がついているわけだ。
 日本語の裏で聞こえる地声の方の抑揚にも、耳を済ませてみた。もちろん母国語が違うので僕はその声音の表情っていうのを正確に推し量ることはできないんだが、吹き替えされているそれに比べて、だいぶ控えめなような気がした。

 この子の喋っている声が含んでいるものと、テレビの吹き替え音声が含んでいるものの間には、どれくらいの距離があるんだろうなと。
 視聴者はこの子の意見を聞いているように見えて、吹き替えを喋っている人が意図した意見、を聞いているのに過ぎないのかもな、と。

 ぼーっと見てると、『ああ患者の男の子大変だなぁ』とか『クラスメイトがつい嫌ってしまうという気持ちもわかるなぁ』という感想を抱くのだけど。
 例えばこれが日本のもので、声の演技のプロが喋るのではなく、地の声でそのまま報道されていたら、『悲劇ぶってて甘いなぁ』とか『こうやって差別する子供の親とかどんな教育してんだ』とか、そういう感想になってたかもしらん。


 声だけでなく、字でもそうだ。文っていうのは表情を持っているから。
 韓国とか中国とか関連の話題のときに、よく思う。ええー、なんかみんなケンカ腰になってるけど、日本語翻訳の文末の印象とか言葉の使い方の印象をそのまま真に受けてカッカしてんのって浅はかじゃねー? とか。
 その翻訳は正しくその文の表情を表しているのか、まず疑ってみねー? と。翻訳した雑誌とかテレビ局が過剰演出してる可能性結構あるよ? と。
 
 
 人間、公正であるためには、そうやって、なんでもまず疑ってみることが必要なのだと思う。面倒くさいけれども。
 だから僕はなんでもまず疑ってみることにしている。

 ところで、僕が千葉県生まれの庶民の出自だというのは実は真実ではなく、本当はイギリスあたりの貴族の生まれではなかろうか。

2007年10月28日日曜日

学祭

 今日は大学の学祭だった。毎年、学祭の日には大学へ行く。大学へ行って、皆が賑やかにわいわいと過ごしている中を通り抜けて図書館へ入って閑散とした部屋の窓を開けて遠くに騒音を聞きながら、ゼミの資料を作るのが恒例。なかなか気分が良い。

 雄大な大自然をエアコンのよく効いた車の中から観賞して、いいなぁー、と言っているのが好き。
 実際に踏み込んでしまうと、たいして良くはないことが多い。現実は厳しい。

2007年10月15日月曜日

愚痴

 ときどき、「おまえが社会人になって上司の愚痴とかを言ったりしているところを見てみたい」といったようなことを言われる。どうも僕にはあまりそういうイメージがないらしい。

 確かに僕、人に愚痴を零したりって、なかなかできないんですよね……。

 と言っておいたら、ああ、こいつは自制心が強くてなんでも一人で抱えこんでしまう奴なんだな、としんみり見られて良いのではないかと思う。
 聞いてくれよあいつがおまえについてこんな愚痴を言ってたんだぜっていう弱味を相手に握られるのが嫌、とか、別にそんなんじゃないんです。


 折角なので、酒を飲んだ要領で他人の愚痴を言うシミュレーション、をしてみた。
 安い居酒屋で、騒音の中、同僚達とビールを煽りながら、無駄に大きい手振りをしつつ、


聞いてくれよあいつらよー。
おれ、もう腹に据えかねてんだよねー。
すっげぇ無責任でさー! 言いたい放題のやりたい放題。
あったま悪い癖にやたら我が物顔してるしよー。どんだけ偉いってんだよ! ふざけんじゃねぇ!
まったく、ホント最低だよ!
人類の奴ら!!


 無駄に壮大。

 難しいものです。

2007年10月3日水曜日

そうせいのあくえりおん

 そうか、ようやくわかった。

『一万年と二千年前から 愛してる』の、“一万年”と“二千年”をどうして分けるのだろうと疑問だったのだ。何故『一万二千年前から 愛してる』ではいけないのか。

 きっと、愛してるのが二人いるからなのだ。
 
 
 
 
   Aさん→ ● (・∀・ ) < 一万年


           (・∀・) < と


   二千年 > ( ・∀・) ● ←Bさん


           (・∀・) < 前から愛してるぅー


   Aさん→ ● (・∀・ ) < 八千年すぎた頃から もっと恋しくなった


   Aさん→ ● (・∀・ ) < 一億


           (・∀・) < と


    二千年 > ( ・∀・) ● ←Bさん


           (・∀・) < あとも愛してるぅー


   Aさん→ ● (・∀・ ) < 君を知ったその日から


   僕の地獄に > ( ・∀・) ● ←Bさん


           (・∀・) < 音楽は絶えない


 

 うーん、なんたる悪女だ。

2007年10月2日火曜日

創世のアクエリオン


 近頃、創世のアクエリオンの曲がよくCMで流れているので、耳についてしまった。
 サビの部分。


一万年と二千年前から 愛してる
八千年すぎた頃から もっと恋しくなった
一億と二千年あとも 愛してる
君を知ったその日から 僕の地獄に音楽は絶えない


 こんな歌詞なのだが、ちょっとツッコミを入れたい。
 単語の発音に騙されていたが「一万二千年」と「一億二千年」の間には、
100,002,000 ÷ 12,000 = 8333.5
 八千倍以上の開きがあるではないか。

 これでは同条件で考えた場合、
「1日前から愛してる」⇒ 1 × 8333.5 ÷ 365 = 22.8 ⇒ 「23年後も愛してる」
 ということになってしまう。いやおまえ、1日でその自信はどうなのよ、と。

 5日前から愛してれば、114年後も愛してると言える。
 ギネスブック認定の世界最長寿記録は122年164日なので、5日と数時間も前から愛してれば、生涯愛せるということに。
 バカヤロウ! 付き合って一週間で別れたとかありふれてるじゃねぇかバカヤロウ!


一万年と二千年前から 愛してる
八千年すぎた頃から もっと恋しくなった
とりあえず三日あとくらいも 愛してる


 くらいにしとけ! 謙虚に! 恋なんていつ醒めるかわからねぇもんだ!

2007年9月16日日曜日

冥土喫茶

 人生初、秋葉原はメイド喫茶へ行ってきた。以前行ったときは混みすぎていて諦めたので、再挑戦。

 店の外階段まで続いていた列。メイドさん写真入りうちわとか持っているコアな方々に混じって並んでいたら、整理番号札を持ってやってきたメイドさん一名。
 一度は生で聞いてみたかったあの台詞、"おかえりなさいませご主人さま"を発音した。
「おかえりなさいませご主人さま。何名様ですか?」
 軽くスルーして友人に返答してもらった。
"お帰り料500円"の表示に、帰るのに金をとるって金なかったら帰れないってこと? などと考えていたのだが、これは"入店することがお帰り"という意味での席料のようだ。帰るときは"ご出発"。メイドの世界はややこしい。
 そしていよいよ入店すると、店内には沢山のミニスカメイドさんがいて、いっせいに、「おかえりなさいませ! ご主人さま!」
 ここで笑ったら人道に悖る気がしたので噛み殺すのだが鷹揚に「ただいま」と返す器用さも生憎なし。噛み殺したままなんとなく憮然とした面持ちになるのを自覚していやいやそれはと笑顔を浮かべる、極めて複雑な精神状態にて進入。これはつらい。
 カウンター席につき、まずはメニューを注文する。
 勇者の友人が言った。
「じゃあ、紅茶とふんわりショコラのくまたんケーキのセットを」
 僕ともう一人は言った。
では、まったく同じセットを
「(メニューを指し)紅茶とこれのセットで
 僕等は腑抜けだった。
 そも発話自体がしにくいのだ。メイドとご主人様、という関係上、丁寧語を使ってはなんか雰囲気を壊していけないと気にかけ、言語中枢が混乱をきたす。丁寧語で喋っていて、「みんなもう丁寧語やめようよー」とリア充が言った後に無言の人となるのと似たような構図だ。
 飲み物が運ばれてきた。アイスティー。
「クリームとシロップはどうなさいますか? ご主人さま」と、ボックスの中のクリームとシロップを掴みながらメイドさん。
「一つずつで」
「承知いたしました」
 と、クリームとシロップを一つずつくれ……るのではなく、蓋をめくり、ティーに投下し始めるメイドさん。
 ストローを指し込み、円運動に上下運動をとりまぜた、極めてゆったりとした動きでかきまぜる。
「お待たせいたしました。……ご主人さまは、クリームとシロップどうなさいますか」
 駄目だ。耐えられない。助けてくれ。
 僕はこのかき混ぜている最中の沈黙が耐えられない。
 三度のかき混ぜの後、さて、とメイドさん。
「これから紅茶をもっと美味しくするために、魔法をかけたいと思います」
「……はぁ」
「ご主人さまたちも一緒にやってください。いいですか。まず手をこうやってグーにして体の前でこうやって振りながら、萌えーーーーーーーーとエネルギーを溜めて、こうやって手をハー


 お楽しみ会、と称されるものが始まった。
 メイド喫茶の料金は、ほとんど人件費、サービス料なのだろう。ただ飲むだけでなく、催しをやるのだ。
 壇上に上がったメイドさんが、
「それでは、萌え萌えジャンケンをやりたいと思いまーす! いいですかー。振り付けを練習しますよー。まずこうやって手を丸めて体の前で左右に振りまーす。それから身体の前でグーをこうちょんちょんやって猫さんでーす。次はチョキでかにさん。頭の上でパーをやってうさぎさーん!」
 ちらりと友人のうさぎさんを見たが、どう見ても銃を向けられて手を挙げた人にしか見えない。
「はいそれでは本番いきますよー! 最後まで勝ったご主人さまには、なんと! この萌え萌えコインを差し上げまーす! はい、萌 え 萌 え ジャンケン ジャンケン ポン!」
 メイドさんチョキ。
 僕パー。友人一人チョキ。敗退。
 もう一人の友人、グー。勝者、席を立ち、こちらを見下ろして曰く、 
「……負けたい」
「勝つんだ」
「勝て」
 二回戦は彼の祈りが通じ敗退。残念。
 決勝戦は直接対決となり、壇上に上がったオタクっぽい男性と観光っぽい女性2名。
「決勝戦はあいこは負けになりませーん。あいこになったら、"あいこで萌え!"で続きまーす」
 勝者は女性。
 お嬢様の萌えるものはなんですかーと訊かれる公開処刑に、「りらっくま」と答えて無事終了。
 うん。オタクっぽい人勝たなくて良かったよね空気的に。

 その後、メイドからアイドルデビューしたグループの歌の時間。なんか、踊ってました。
 終わるとようやくケーキが運ばれてくる。
 なんてチープなケーキ。顔かいてジャムでハートマーク付ければ許されるとか思ってんじゃねぇぞ!
「それではケーキをさらに美味しくするために、魔法をかけたいと思います。まずエネルギーを溜めるために手をこうやって、萌


 ということで帰宅。もとい、ご出発。
 まぁ、なんというか。

 疲弊。

2007年9月2日日曜日

人として軸がぶれている

「さよなら!絶望先生」というアニメのオープニングテーマ、「人として軸がぶれている」が評判の今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 自分が人として軸がぶれているなら、ぶれている人間をどんどんと増やしていき勢力を拡大し、
「ぶれている方が標準で、今真っ直ぐだと思っている奴らの方が実は人としてぶれていたのだ!」
 という状態にしてしまえばいいじゃないか。

 と考える僕はとてもプラス思考なんだと思った。

 毎週絶望しています。

2007年8月30日木曜日

シーア派の聖地で衝突

 この前、携帯の機種変更をした。新しい携帯では、待ち受け画面に最新ニュースの一行メッセージが流れるようになっており、電車の中などでちょっとチェックしたりできる。無料なのでお得だ。近頃僕も社会の動向に関心を持てるようになってきたので、よくチェックする。
 今日もチェックしてみた。

シーア派の聖地で衝突(朝日新聞)

 クリックして詳細を見てみる。

イラクのイスラム教シーア派の聖地アルバラで、巡礼者と警官隊が衝突した。52人が死亡、206人けが
 
 
 
 
 
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巡礼者「やだー! 遅刻しちゃう! もう、お母さんったら起こしてくれないんだからーっ! 転入初日なのに遅刻したらどうするのよーっ!」
 
 
 全力疾走。
 
 
 

警官「くそー! 間に合うか!? こんなパン一枚だけじゃ昼まで腹もたねぇし!」
 
 
 全力疾走。
 
 
 
 

 
 
 
 曲がり角。
 
 
 
 
 
 
 
 

 衝突。
 
 
 
 
 
 
 
 

 衝撃波。
 
 
 
 
 
 
 
 

 シーア派の聖地で衝突。52人が死亡、206人けが。
 
 
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 近頃僕も社会の動向に関心を持てるようになってきたので、ニュースをチェックしている。

2007年8月27日月曜日

永遠

 電車の中吊りに少女漫画の広告があった。
『あの頃の僕等は まだ 永遠があると信じていた』というフレーズが横に。

 ここで、
 あの頃の僕等はまだ永遠があると信じていたなあ、とセンチになれる人は幸せな人。
 僕等には永遠があると信じていられたあの頃なんてなかったなあ、とセンチになれる人は少し幸せな人。
 あの頃の僕等はまだ永遠があると信じていた、にどうツッコミを入れてやろうかなあ、と考えている人は不幸せな人。
 あの頃の僕等はまだ永遠があると信じていた、にどうツッコミを入れてやろうか考えている自分、にセンチになれる人はプロ級な人です。
 
 
 よくわかりませんが頑張りましょう。

2007年8月20日月曜日

サライ

 24時間テレビがやっていた模様。あの、なんか走ってなんか泣いてる番組。
 あの番組で泣くためのアルゴリズムがわからないのだが、解明したら誰か教えて。

 で、あの番組では毎年、最後の方ランナーがゴールする直前のあたりで、みんなでサライを合唱する。
 これも毎年のことなのだが、うちの父親には、それを見ると反射的にかなんなのか、一緒に歌い出してしまうという性癖がある。

「動き始めた 汽車の窓辺を 流れていく景色だけを じっと見ていた
桜吹雪の サライの空は 悲しいほど蒼く澄んで 胸が震えた」

 家族目憚らず気持ちよさそうに熱唱する姿が見事な中年だなぁと思う。なかなかいい声をしているので、別段構わないのだが、一つだけ問題があった。
 長いのだ。
 あの番組のサライ。
 
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない
 まぶた閉じれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る 愛のふるさと」
 ランナーが走ってゴールするまでずっと歌い続けるから、歌詞が延々とループする。
「桜吹雪の サライの空へ いつか帰る いつか帰る きっと帰るから」
 最後までいって、ああ終わった、と気を抜いたすぐ後に、
「動き始めた 汽車の窓辺を」
 と戻ってしまう。

 一、二ループ程度だったら構わないのだが、四、五を越え十を越えるころには気になって仕方がなくなってくる。
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
 いいから捨てろと言いたくなる。

 父親の方も、初めのうちは機嫌良く歌っているのだが、段々興が削がれてくるのかトーンダウンしてくる。
 しかし、律儀なのかそこまで歌った以上最後まで歌い終えたいという意地なのか単に止め時を失っただけなのか、歌い続ける父。
 歌詞の最後まで行って今度こそ終わりか? と伺った次の瞬間に動き始める汽車の窓辺。無限ループ。いいかげん父を解放してやってくれ地球とか救わなくていいから。
 
 ようやく終わったときの、なんともいえない満足げな父の様子に、サライの魔力を感じてならない。

2007年8月18日土曜日

写真

 満面の笑顔で写っている自分の写真を見たりすると凹む。

 凶悪犯罪に巻き込まれて被害者になって、マスコミがワイドショー用の写真を選ぶときに、
「幸せそうに笑って写っている写真が一枚もない!」
 とか困らせてやるのが夢なのに。

 友達と肩組んでにっこり笑ってたりする写真とか出てきて、実はいい人だと思われてしまったらどうしよう。
 
 
 こんなこと書いてると友達と肩組んでにっこり笑っている写真が実在するのだと思われて、僕がちょっとシャイなだけのいい人、に見えてくるのではないかと企んでいます。

2007年8月9日木曜日

人見知りThat's All

 現在、実家に帰省中。涼みに姉とイトーヨーカドーに行ったところ、姉が買い物中、甥を遊具コーナーで遊ばせておくように厳命された。
 子供というのをどう遊ばせていいのか、いまだにわからないのだが、なんとかかんとか泣かせないように頑張った。『ちいさいこ が あそぶところなので 小学生のみんな は なかにはいらないでね』って壁に書いてあるけど僕は大学院生のみんななのでいいような気がする。
 一応、走ったり撥ねたりして遊んでいたらしい(どこらへんが楽しみどころなのかわからないのだが)甥なのだが……コーナーに他の子供達がやってくると、僕の足元にやってきてお隠れになられた。人見知りしているらしい。
「ほら、一緒に遊んでおいで」
 と言っていじめてみても応じない甥。
 他の子供が遊んでいるところに入っていかない子供は中に入れさせて一緒に遊ばせねばならない、という大人社会の風潮が僕の味方をしてくれるはずなので、さらに突付いてみるのだが、応じない。
 うむ。
 可愛い。
 天真爛漫なのは苦手なのだ。僕好みの人見知りに育ってくれるか。
 この上は、
「ならば貴様は外でいきなり見知らぬ他人に声をかけて一緒に遊べるのか。自分ができないことを他人に求める無責任さを自重しやがれ。友達と遊んでおいでー、とか、勝手に友達にしてんじゃねーよ他人だよクソが。馴れ馴れしいんだよ。寝言は寝て言え」
 くらい言ってくれるような健やかな子に育ってくれると嬉しいなあ。
 で、あいつは将来大丈夫かなあ、と生暖かく心配しながら暮らすのが夢です。おまえは人の親になってはいけないとよく言われるような気がしますが気のせいです。

2007年8月8日水曜日

電車席支配関係

 満席の電車で座っているとき、他に座りたそうにしている人がわざわざ僕の前にやってきて立つのを見ていると、得もいわれぬ愉快な気分になる。
 可哀想な人だ。僕はこのまま終点まで行くのに。それを知らずに、微かな希望にすがって待っているなんて。僕が教えてあげれば別の席に座れるかもしれないのに―― 一段上の立場から相手を見下ろす、支配者的な喜びに浸れて素敵だ。
 こいつはもうすぐ降りるだろう、という相手の予測が外れているという事実に、鼻を明かしてやっているような、妙な快感。
 私そんなに軽い女じゃないの、と言い捨てて去るときってこんな感じだろうか。知らんがな。

2007年8月7日火曜日

レーシック

 もう随分前から目が悪い。小3くらいから視力が落ち始め、しばらくなんとか裸眼でやっていたものの、高校では授業中眼鏡、大学ではずっとの眼鏡生活を送っていた。
 眼鏡は不便である。スポーツをするときにも邪魔だし、バイクに乗るときにも邪魔だ。何より長時間かけていると、こめかみのあたりがズキズキしてくる。
 この程、ここ数年視力矯正手術が随分安くなったという話を聞きつけ、レーシック手術を受けてきた。

 どういう手術かというと、手順は大きくわけて、
1. フラップ作成。(眼球の表面を繰り抜いて蓋を作る)
2.フラップをめくって中の角膜を穿ってフラップを閉じる。
 となる。グロい。

まぁ目玉を刳り貫いたり穿ったりは機械のレーザーがやってくれるんだけど。
フラップを作るときは結構目玉に圧力がかかって、早く終われぇぇぇ、という感でした。見えなくなるし。片目40秒ほど。
角膜焼いてるとき、横で30%……50%……80%……100%完了です、とか言っててなんだこの波動砲って感じでした。緑の光がぴっかぴか。こっちは片目13秒だった。

開眼機で目を無理やり開いてる状態がちと辛かったなぁ。
目の手術は、痛みとかはほとんど無視できるほどなんだけど、やっぱり違和感の方は結構あるやね。

2007年8月1日水曜日

研究室合宿

 土日と研究室の合宿に行ってきた。千葉は九十九里のしょんぼりなペンションへ。
 ペンション合宿といえばまず連想される連続殺人事件が起きることもなく、全員生還ENDでちょっぴり物足りない今日この頃。

 都内から千葉まで移動は車。研究室の運転要員がペーパードライバーばかりで全然いなかったので、ペーパードライバーの中でもまだ一応運転している僕が運転することに。
 レンタカー屋を出てすぐの出掛けでいきなり前方を走っていたトラックが左折のため急速にスピードを落として習って止まるか右車線へずれて追い越すかの判断をつけかねて絶妙に酷いタイミングで右へずれて後続車をビビらした以外はわりと大丈夫だった。大丈夫じゃねぇ。
 なんというか、一車線道路だったら普通に止まって待ってるだけなんだけど、二車線だとなんだか滑らかに避けないといけないような義務感を感じてしまって、まぁ。
 都内の道路は嫌いだ。

 幸いなことに天気が良く、二日とも海に入れた。海なんて久しぶりなのではしゃいでしまった。
 海からあがった後、先輩に、「Varitra君は凄くつまらなさそうにぼーっとしていたね」と言われたのが何故だか不明。僕は押し寄せてくる波に対して微動だにせずに砂の上に立っていられるかゲームをして楽しんでいたのに。
 翌日の海では皆がビーチボールを叩いている中、膝を抱えて丸まった姿勢のまま波に翻弄されるゲームをやっている同期がいたので加わって流されていた。
 別の同期が、太陽がかんかん照る砂浜で体育座りで膝を抱えてナンクロをやっているのがいいのだと言っていた。酷い研究室ですな。

2007年7月26日木曜日

溜息の数だけ束ねた雑念

さて、前々回の投稿は、どうにも不謹慎なことを書いたかなぁというような気がしていた今日この頃。死をネタにしてはいけないね。

 罪悪感を感じていたところ、
 
 
Quiet> 去年祖父が死んだときに、結構不謹慎なことしたおいらが登場ですよ
 
 
 不謹慎なことって?
 
 
Quiet> 葬儀が終わり、待合室で親族一同飲み食いしてるとき。

Quiet> 部屋の片隅のお棺の前に兄貴と二人、並んで立ち。

Quiet> お棺の窓を開けて、祖父の顔を拝みながら。

Quiet> 「兄貴」(´・ω・`) (´・ω・`)「ん?」

Quiet> 「綺麗な顔してるだろ?死んでるんだぜ、これ」(´・ω・`) (´・ω・`)「んー?」

Quiet> (´・ω・`) (゚ω゚`)
 
 
 
 うん、まあなんというか、

葬儀の席でタッチを演じるのはやめましょう。
 
 
 ……今度試そう。

2007年7月16日月曜日

徒然

 近頃、嫁さんはいらないけど子供が欲しいような気がする。
 僕を親とした子供がどんな風に育つのか密かな興味が。何この実験台思考。
 ていうか子供に友達になってもらいたい。無理そう。

 嫁さんなんていらねーよと吹聴していると避けられてホントに結婚できないんだろうなー、などと微妙に思い悩む年齢になってきたかもしれない24歳。
 若いうちはいいけど、40過ぎたくらいから、一人は寂しそうだなぁと。
 若いうちは遊びたいとかいうんじゃなくて、若いうちは可能性を食べて生きていけるからねと。

 だからblogにすると何も考えずに書くようになると。