2007年8月20日月曜日

サライ

 24時間テレビがやっていた模様。あの、なんか走ってなんか泣いてる番組。
 あの番組で泣くためのアルゴリズムがわからないのだが、解明したら誰か教えて。

 で、あの番組では毎年、最後の方ランナーがゴールする直前のあたりで、みんなでサライを合唱する。
 これも毎年のことなのだが、うちの父親には、それを見ると反射的にかなんなのか、一緒に歌い出してしまうという性癖がある。

「動き始めた 汽車の窓辺を 流れていく景色だけを じっと見ていた
桜吹雪の サライの空は 悲しいほど蒼く澄んで 胸が震えた」

 家族目憚らず気持ちよさそうに熱唱する姿が見事な中年だなぁと思う。なかなかいい声をしているので、別段構わないのだが、一つだけ問題があった。
 長いのだ。
 あの番組のサライ。
 
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない
 まぶた閉じれば 浮かぶ景色が 迷いながらいつか帰る 愛のふるさと」
 ランナーが走ってゴールするまでずっと歌い続けるから、歌詞が延々とループする。
「桜吹雪の サライの空へ いつか帰る いつか帰る きっと帰るから」
 最後までいって、ああ終わった、と気を抜いたすぐ後に、
「動き始めた 汽車の窓辺を」
 と戻ってしまう。

 一、二ループ程度だったら構わないのだが、四、五を越え十を越えるころには気になって仕方がなくなってくる。
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
「桜吹雪の サライの空の いつか帰るその時まで 夢は捨てない」
 いいから捨てろと言いたくなる。

 父親の方も、初めのうちは機嫌良く歌っているのだが、段々興が削がれてくるのかトーンダウンしてくる。
 しかし、律儀なのかそこまで歌った以上最後まで歌い終えたいという意地なのか単に止め時を失っただけなのか、歌い続ける父。
 歌詞の最後まで行って今度こそ終わりか? と伺った次の瞬間に動き始める汽車の窓辺。無限ループ。いいかげん父を解放してやってくれ地球とか救わなくていいから。
 
 ようやく終わったときの、なんともいえない満足げな父の様子に、サライの魔力を感じてならない。

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