2007年11月5日月曜日

疑疑疑

 近頃、吹き替えとか翻訳に伴うノイズの混入ってどうなのかな~と考え中。

 一昨日くらいだったか、外国のドキュメンタリー番組で、アスペルガー症候群の男の子の話がやってたんだけどもね。
 その男の子の語りも、彼を嫌うクラスメイトの語りも、日本語吹き替えだったのよ。

 で、画面に映った表情だけを見てると、彼らはそんなに抑揚なく喋ってる風に見える。でも目を瞑って声音を聞いてみると、声色は、沈んだ風だったりつっけんどんになってたり、緩急がついているわけだ。
 日本語の裏で聞こえる地声の方の抑揚にも、耳を済ませてみた。もちろん母国語が違うので僕はその声音の表情っていうのを正確に推し量ることはできないんだが、吹き替えされているそれに比べて、だいぶ控えめなような気がした。

 この子の喋っている声が含んでいるものと、テレビの吹き替え音声が含んでいるものの間には、どれくらいの距離があるんだろうなと。
 視聴者はこの子の意見を聞いているように見えて、吹き替えを喋っている人が意図した意見、を聞いているのに過ぎないのかもな、と。

 ぼーっと見てると、『ああ患者の男の子大変だなぁ』とか『クラスメイトがつい嫌ってしまうという気持ちもわかるなぁ』という感想を抱くのだけど。
 例えばこれが日本のもので、声の演技のプロが喋るのではなく、地の声でそのまま報道されていたら、『悲劇ぶってて甘いなぁ』とか『こうやって差別する子供の親とかどんな教育してんだ』とか、そういう感想になってたかもしらん。


 声だけでなく、字でもそうだ。文っていうのは表情を持っているから。
 韓国とか中国とか関連の話題のときに、よく思う。ええー、なんかみんなケンカ腰になってるけど、日本語翻訳の文末の印象とか言葉の使い方の印象をそのまま真に受けてカッカしてんのって浅はかじゃねー? とか。
 その翻訳は正しくその文の表情を表しているのか、まず疑ってみねー? と。翻訳した雑誌とかテレビ局が過剰演出してる可能性結構あるよ? と。
 
 
 人間、公正であるためには、そうやって、なんでもまず疑ってみることが必要なのだと思う。面倒くさいけれども。
 だから僕はなんでもまず疑ってみることにしている。

 ところで、僕が千葉県生まれの庶民の出自だというのは実は真実ではなく、本当はイギリスあたりの貴族の生まれではなかろうか。

4 件のコメント:

  1. 千葉県出身でイギリス貴族を名乗る人をVaritraさんの他に2人程知っているのですが、何かあるのでしょうか。
    実は千葉県はイギリス領だとか。

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  2. 三十路になったキリン2007年11月9日 7:36

    僕も疑ってみたいけど、今日は11月9日みたいだね。
    誕生日おめでと~。

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  3. 俺も千葉県生まれだけど実は(ry

    あとキリンさんの見て思い出したけれど誕生日おめでとうございますヽ(・∀・ )ノ

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  4. >アヤさん
    そうなのです。千葉県は実は日本領ではなくイギリス領だったのです…!
    まぁ、貴族⇒イギリス、という発想は世界共通なんだ、きっと。

    >キリンさん
    おめでと~&ありっと~。
    俺は四捨五入三十路だけど、キリンさんは素三十路ですな。
    どうよ? 三十路(謎

    >odio-zさん
    やあ千葉県貴族。
    おめありでございます。若さが憎いぜっ。

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