2008年3月31日月曜日

学生生活最後の日

 今日は学生生活最後の日。

 いろいろなことがあったなぁ。

 一年生から二年生になったり。
 二年生から三年生になったり。
 三年生からまた三年生になったり。
 三年生から四年生になったり、四年生から一年生になったり、一年生から二年生になったりした。

 そのくらいかな。


 そんな日々も今日で終わりで、明日から僕は立派な社会の歯車になります。
 きちんと動いているようにみせかけて、実は他の歯車とまったく噛みあっていず、なぜかその場で自走しているだけの、取り除いても全然関係なく全体が動くような、そんな歯車に私はなりたい。


 たぶん慣れるまで鬱な文章ばかり出てくるような気がしますがお気になさらずに。
 新しい環境に入った初めのうちの僕はほぼ例外なく死んでいる。

2008年3月28日金曜日

卒業式

 一昨日は卒業式でした。
スピーチというのは情報量のたいして無いことを如何に長く薄く引き伸ばして語れるかなんだなあ、とぼんやり思いつつ告辞や祝辞や謝辞や送辞を聞いてきました。
あんまり長いスピーチは良くないよ。
壇上に座っている御来賓の方々、そのままぽっくり逝っちゃいそうじゃないか!

そんなこんなで4月から社会人。
のらりくらりと生きていきたいな、と。

2008年3月23日日曜日

追いコン

 今日は研究室の追いコンで追い出されてきたのだが、よく考えると、追いコンというのはツンデレだ。
 だって普通に考えれば、名称は、"送り出し"コンパくらいだろう。去り行く人を見送るためにわざわざ催される儀式なんだから。
 それなのにわざわざ、"追い出し"コンパ。

「べ、別に祝福して送り出すわけなんかじゃないんだからね! 邪魔だから追い出すだけなんだから! 勘違いしないでよね!」

 こんな感じの意味合いが込められているに違いない。

 ツンデレだなぁ。

2008年3月13日木曜日

タイ旅行

 卒業旅行に行ってきた。
 去年高校の友達と一緒に卒業旅行で韓国に行ったのだが、俺は一留でズレてしまってるので、実際には『(あと一年で)卒業旅行』だった。今回はきちんと普通に自分の卒業旅行ということで、研究室の奴らと一緒にタイへ行ってきた。とはいえ卒業できなかった人もいるので、実際には半分ほど『卒業(するはずだった)旅行』だったのだが、とりあえず括弧の中は省略して卒業旅行とする。
 いきなりブラックジョークから入ってみた。
 特に後悔はしていない。


 タイは常夏ワンダーランド。年中日本の真夏より暑いくらい。日本との時差は2時間。飯は辛いか酸っぱいか。
 成田から約6時間のフライト。飛行機の中で恋空を見て、プギャーしながらバンコク空港へ飛ぶ。なお恋空に関する反応の指標は以下の通りだ。

 スイーツ寄り:感動の涙を流しながら観る
 一般人:まぁこんなもんか、と思いながら観る
 オタク寄り:ツッコミポイントで余さずツッコミを入れて笑いながら観る

 僕はもちろんツッコミを楽しむ映画だと思いながら観た。特に呼吸が止まりそうな彼氏に携帯のテレビ電話中継しながら走る彼女の姿には涙が出た。お願い、瀕死で可及的速やかに医者の処置が必要な患者の前ではなるべく電波を発信する機器は消して。
 こういうのは皆でツッコミを入れながら楽しむパーティゲーム的な映画だと思っているんですが、駄目ですか。


 そうこうしているうちにバンコクに到着。
 ホテルはロビーがまあまあ綺麗でおおーとなって、受付で日本語が普通に通じておおーとなって、部屋に入ってがっくりとなった。匂いがお篭もりに。前の客のスナック菓子の空き袋がお転がりに。他の部屋では空調が壊れてるとかセーフティボックスが使えないなど続々報告。HISクオリティ。



ホテル提供の写真で部屋の良さを見極められると思う人間は愚人である。(古い諺)



 夜中に着いたので一眠りして、翌日朝から観光した。
 留学生のチョウさんが案内してくれるのでおんぶにだっこだ。そもそも今回行き先をタイに決めたのも、研究室に留学生がいたからである。
 ワットポー、ワットアルン、王宮なんかを見て回る。仏様関係の場所では、靴を脱いで裸足になる必要があるらしい。タイは日本と同じく仏教であるが、建物がやたらと派手で日本のものとは雰囲気が違う。わびさびという言葉は通じるだろうかと、悶々としながら寺を巡った。



サガットステージ



 バンコクの街では、そこら中に露天や屋台があって、謎の置物を売っていたり、謎の食べ物を売っていたりする。街中に匂いが溢れていて、屋台や食堂の横を通るたび鼻に強く匂う。特に始終漂っているのが、たぶん米の匂い。日本の米と違う、独特の香りが充満している。気温や湿度の関係もあるかもしれない。他の国では感じなかった、"匂い"の感覚をやたら強く感じた。
 嗅覚としての匂いだけでなく、途上国ゆえか、急発展していく都市の匂いとでも言うべきものも感じた。
 日本進出の高級デパートが林立する一方、近くの道で小さな子供が物乞いをしていたりする。綺麗な外装のホテルや背の高いビルと、雑然とした市場や整備されない道が同居する。
 もっと開発されていけば都市にも余力が出てき、過剰な貧困は救済され、古い建物や道は整備されていく――もしくは、一般からは目につかないように、隠蔽や排斥がなされていくだろう。
 野放図で剥き出しな印象に、急成長中の都市の匂いを感じ、なんとなく、面白いなぁと思った。
 
 
 バンコクを離れてプーケットへ。
 フロントでチェックアウトを頼んだ。なんか受付がトランシーバで連絡をとってもたもたしているのでぼんやり待っていたら、困った顔で「ガラスが割れている」と言われる。
 へえ、ほんとにこういうのあるんだ、と思った。どこかでまったく同じような話を聞いたことがある。調度品が壊れているから弁償しろと吹っかけてきているのだ。まぁ、このレベルのホテルじゃ仕方ないかと思う。割れたガラスの現物と称し、ビニールに入った割れたガラス片を見せられる。これで何が証明されるのかがわからない。
 まともにとりあう気もとりあう術もなかったので、HISに丸投げするつもりで適当に。とりあえず部屋だけ見せてもらうことになった。どこのガラスが壊れたと主張するつもりなのか、鏡や棚のガラスだったら向こうも結構面倒だろうなぁ、などと思いながら聞いたところ……棚の中に入っていたガラスの仕切り板が割れていた、とのこと。なるほどと納得。すぐに取り外し可能なところなのでワンタッチだ。コストのかからない詐欺である。
 とはいえ触れてもいないところの弁償などさせられても困るので、しばらくやりとりした後、旅行会社に連絡する旨告げる。すると相手は突然流暢な日本語を喋りはじめ、「大丈夫です」とのことで問題解決。ああそうか、言葉が通じないふりをしていたのだな、と感心してしまった。言葉が通じる状況下でむざむざ壊してないものの弁償する奴はいない。意思疎通が上手くいかないからこそ仕方なく金で済まそうとするもんだ。思えば僕も真っ先に、一昨日いた日本人スタッフはいないのかな、と思ったのだった。言葉が通じれば冷静に対処できるが、通じなければそうもいかない。そこらへんわかってやっている。手馴れた印象だった。
 実際、旅行会社経由じゃなかったら、どうしたものかわからなかっただろう。後ろ盾、というのは必要なものなんだな、とどうでもいいことを思った。
 

 ということでバンコクを離れプーケットへ。
 プーケットのホテルも綺麗とは言えないところだが、バンコクのよりはマシな感じ。従業員の印象も、バンコクより腹に一物持っている感じがしない……というのは単なる偏った印象でしかないが。なんだろう、開発中都市の安ホテルと、南国リゾートの安ホテルでは、サービス性のレベルでは似たようなものでも、その質は異なっているような気がする。
 またトラブルになるのはごめんなので、枕銭を忘れないようにする。やっぱりチップが置かれていたら、心理的に、そういうことはしにくくなるんじゃないかなーと。

 プーケットでは、スピードボートに乗ってピピ島へ。
 スピードボートはでかいピーナッツの種みたいなフォルムで、舳先を持ち上げて、上下に揺れながら走る。揺れ方が半端ないので、座る場所によってはかなり酔う。
 舳先の部分に座ると、風が吹き付けて凄く気持ちいい。
 



マグロ漁船連行



 浜辺に到着。海はほんとに綺麗で、膝丈くらいの深さに魚の群れが普通に泳いでいる。パンの耳を海面に漬けるとがすがすと寄ってきて、指が変な感触。ときどき噛まれる。
 ふざけて後輩を押したら簡単にひっくり返って服ごと水浸し。あんなに軽く押しただけなのに倒れるなんて、倒れる方が悪いんだよ! 勝手に死ぬ方が悪い!
 そういやタイの女性は服を着たまま海に入る。軽くドザエモンだ。
 折角だから僕もTシャツのまま海へ。というより後輩に復讐された。
 

 夜はプーケットファンタジーというテーマパーク的なところでショーを見る。
 ショーというと人が沢山踊ったりしているわけなのだが、僕には、つい主役的な役どころの人たちより、端っこで動いている人達がどうしているか見てしまうという癖がある。だって誰か見てあげないと、張り合いがないではないか。別に手を抜いていないか監視しているわけではない。以前ディズニーシーのショーを見たときは、踊り終わったトラが、舞台から出ていくときにもう誰も見ていないと思って気を抜いたのか、「ああ、だりぃだりぃ」的な足取りで掃けていくのを目撃した。なんか、そういう奴を見つけると得も言われず嬉しい気分になるので探す。全然別の楽しみをもってショーを見る僕。
 ショーの内容はよくわからないのだが、タイの創世ファンタジー的な話だった。タイの民族が敵民族と戦って、なんか象が出てきて勝った。やった。
 隣の席に座っていた留学生の友達が、色々説明してくれる。が、英語なのでなかなか理解できない。というか「今、参加者を募ってるんだよ」とか「あそこの席は空いてるけど追加料金を払って座るんだよ」とか「あれボス」とか、解説がなくてもわかることはわかるが、タイの歴史との繋がりとか物語の内容的な部分に踏み込んだところはわからない。
 うまく応えられないのが申し訳ないので話しかけないでおくれよ、と思わないでもない。きちんとわかっていないのにうんうん、と頷く自動首振り機能搭載。格好悪い日本人の典型で乗り切る。
 英語がーできないー。
 コミュニケーションをとろうと思って何か訊いても、聞き返されるとあたふたしちゃうしなぁ。相手のAnswerが欲しいのではなくて、コミュニケーションする構図を構築しようぜ、というような意識でやっているので、破綻したときにそれでもこちらの意図を伝えようという貪欲な意思が十分に湧いていないのは問題。これは日本語だろうと同じなのですががが。


 翌日は象に乗る。



キリンさんよりも好かれるところのゾウ



 昔は材木の運搬などの重労働も行っていた象なのだが、近頃では象を大事にする風潮で、あまりそういった重労働はないとのこと。やはり観光に携わる象が多いそうな。

『見知らぬ外国からやってきた人間という生き物を背中に乗せて、規定の道程をぐるぐると一日中回るお仕事です。一周するたびに水浴びOK!』

僕「多少ブラック臭がするんだけどどう思う? 毎日ルーチン作業って病むと思うんだけど。象の世界ではホワイトな方なんだろうか」
同期「知らねーよ」


 あとは寺院を巡り、カシューナッツ工場を覗いて、帰り。総括としては、濃密なスケジュールだったにも関わらず、留学生の人が現地のツアーをとってくれたのでかなり安くついた。HISのオプションで同じツアーにしようとすると、値段が倍くらいかかるのだ。
 留学生の人達と別れて帰路へ。プーケット空港で買ったワインをバンコクの空港でボッシュートされたり、バンコクの空港が広すぎて乗り継ぎに間に合わなさそうになって焦ったりと多少あったが、無事帰国。
 タイは面白い国であった。

 次は何処に行きたいかなぁ。
 なるべくトイレが綺麗な国に行きたい。

2008年3月2日日曜日

学と勉

 ふとどうでもいいことを思ったんだけど、子供に「学(まなぶ)」とか「勉(つとむ)」とかって名前をつけたら、その子は絶対不良にならないよな。というかなれないよな。
(オレ、学なのに暴走族かよ…)
 とか自己のアイデンティティが気になって。

 その代わり、分厚い眼鏡をかけなきゃいけないような気がしたり、人に対して小馬鹿にしたような態度をとらなくちゃいけないのではないかと感じたりする。大変だよね、マナブとツトム。

 ほんとにどうでもいいよね。