2008年9月20日土曜日

横断歩道

 子供の頃、「道路を横断するときは、右を見て左を見てまた右を見てから渡りましょう」って言われた。
 右を見て左を見るまではわかるが、どうしてまた右を見るのか。
 気になったので尋ねてみると、左から来る車を見ている間に、また右から車が来るかもしれないとのこと。
 でも、そうして右を見ているうちに、また左から車が来るかもしれないではないか、と僕は思った。右を見て左を見て右を見たのち、また左を見なければならない。でもそうやって左を見ているうちに右から車が来るかもしれないので、また右を見て、左を見て、さらに右を見左見て、またまた右を見つつ左を見て……永遠に道路を渡れなくなるのではないか。幼き僕は怯えたものだ。道路を渡るのはギャンブルなのだ。常に死ぬ覚悟をもって臨まなければならない。

 しかし、ちょっと考えてみた。

 まず最初に右を見るときに、かかる時間をR秒とする。
 そして次に左を見るときにかかる時間をL秒としよう。
 横断する道路から一定距離の区間に、自動車が進入してくる。その頻度を、A(台/秒)とおく。

 ここでまず、「右を見て左を見て渡る」を考える。
 この場合、以下のような流れになることがわかる。

 1. 右を見て車のないことを確認する(所要時間R秒)
 2. 左を見て車のないことを確認する(所要時間L秒), この際、右の道にはAL台の車が進入してきている。
 3. 横断する。

 この場合の危険性の指標をALとする。


 次に、「右を見て左を見てまた右を見てから渡りましょう」を考える。この場合、こうだ。

 1. 右を見て車のないことを確認する(所要時間R秒)
 2. 左を見て車のないことを確認する(所要時間L秒), この際、右の道にはAL台の車が進入してきている。
 3. 右を見て車のないことを確認する(所要時間R'秒), この確認により2の危険性ALは無視される。代わって、左の道からAR'の車が進入してきている。
 4. 横断する。

 この場合の危険性の指標はAR'である。


 ここで、 AL>AR' が言えれば、「右を見て左を見てまた右を見てから渡りましょう」は合理的であると言えることになる。
 そして、これは言えると思われる。
 初回に道路を確認するときにかかる時間Rと、二度目に道路を確認するときにかかる時間R'の間には、差があるだろうからだ。
 初回の場合、道路の形状や周囲の風景把握、動く人、物……処理する情報が多い。しかし直後の二度目の場合、脳がそれらの情報を織り込み済みで処理してくれるはずである。情報処理をやる人は、JPEG圧縮を考えればわかりやすい。JPEG画像では個々のピクセルの情報をそのまま保存するのではなく、隣接するピクセルとの「差分」のみ記録することで、情報の圧縮を果たしている。人間の脳内での処理も、一から情報を検分するのと、そこからの差分のみ把握するのとでは、処理時間が異なってくるのではないか。R>R' なのだ。
 よって、RとLに大きな差がある場合は別だが、そうでなければ、R≒L>R' よりAL>AR'が言える。
 つまり「右を見て左を見て渡る」より、「右を見て左を見てまた右を見てから渡る」の方が、危険の度合いが少ないのである。

 人間の脳の機構、情報処理……そんなことまで考え尽くされ、右を見て左を見てまた右を見てから渡るという教育が為されていたのだ。

 道路のおばさん達は凄かったのだ、実は超エリートだったに違いない。