2009年2月27日金曜日

テストの答案を回収する際の公平性アルゴリズム

 テストの答案を回収するときに、後ろの席から前の人へと、次々に回していくことがある。
 その際、僕は、自分の答案を一番上に乗せて前に回すことにしている。
 皆が回す際に自分の答案を上に乗せて回せば、全員が答案を晒される危険性を負う代わりに、個々の晒され時間は極小であり、それぞれのダメージはほぼない。しかし皆が答案を下にして回すと、ほとんどの人は自分の答案を晒さなくて済むものの、最後尾の人の答案は、ずっと晒され続けることになる。
 一人にすべてを負わせて自分が良ければいいや的な、そのような所業は人として断じてしてはならぬ。極めて高潔な決意でもって、僕は答案を上に乗せるのだ。しかしそのまま僕の答案が一番上に乗ってどんぶらこしていくことが多く僕は怒りを覚える。
 貴様ら。貴様らには人としての誇りがないのか。

 これは信用ゲームである。前の人の答案がすぐに自分の答案の上に乗るはず――そう信じるからこそ一時的に自分の答案を一番上に乗せることができるのだ。
 前の人を信じられなければ、下に隠す。自分の答案が一番上に乗っていく危険は避けたい。しかし自分がそうやって隠して回してしまうと、前の人間が答案の束をちらと見て、最後尾からまったく入れ替わらずに回ってきたことを確認し、ああやっぱり皆そうなんだよな自分が良ければ他人がどうなろうがどうでもいいんだやっぱり自分も馬鹿正直に上に乗せるわけにはいかない……とまた隠してしまう。そうやって不信が伝播していく。
 ただ互いに信じあえば皆が幸せになることができるのに。そんな簡単なことができないせいで、人類は永劫の昔から不幸な犠牲者を出し続けてきた。
 テストの答案回収というのは、まことに人間の本質が問われる状況なのである。

2009年2月8日日曜日

この家は妥協だらけだ!

 このまえ、久しぶりに三谷幸喜の「みんなのいえ」を見た。
 以前見たときは、まぁ面白いけど三谷作品としては薄いなぁ、という感想だった……のだが、就職してから見ると、学生時代に見たときとは違った感覚があって良かった。

 この映画は、一件の家を建てるときに、建築家と大工の物の見方がまったく違って、意見がぶつかり合ってどんどん変な方に転がっていってしまう様を、コメディタッチで描いたもの。
 人と人が一緒に何か「作品」を作り上げるにあたって、いろんな人の勝手な意見がごっちゃごちゃになって滅茶苦茶になってしまう、ってタイプの話、三谷作品には多い。

 映画「ラヂオの時間」は、ラジオドラマという作品を作り上げるにあたって、出演者達の意見ややりたいことが食い違っていく話。
 映画「みんなのいえ」は、家という作品を作り上げるにあたって、建築家と大工が食い違っていく話。
 舞台「ショウマストゴーオン」は、演劇の舞台という作品を作り上げるにあたって、出演者達が(略
 映画「笑の大学」も、作家と検閲官の意見の食い違いで、作家の作品がどんどん変容していく。変容した滅茶苦茶な作品の方がなぜか面白くなっている、という意味で、上3つとは少しタイプが違うかもしれないけれど。

 三谷作品の映画には、沢山の人の意見で作品が滅茶苦茶になっていく様を面白おかしく描いたものが多い。その裏に、人に振り回され自分の思う通りにやれない悔しさみたいなものが滲んだりする。いいラジオドラマ、家、劇を作りたいのに、人の集団の中で、それができない。でもその中でいいものを作るぞっていう。

 以前、三谷さんのエッセイを何冊か読んだ。劇を作るとき、いろんな出演者にいい顔して機嫌をとって、それに自己嫌悪することがあったり、でも出演者皆に気持ちよく演技をしてもらうことが結局は舞台のためで、それも舞台作家としての勤めだっていうような考えがあって、なるほどなーと思った。
 テレビドラマを作ったときも、局側の人と感覚が合わずにあまり面白くない作品になってしまって、でも、テレビに潰されてしまうようじゃプロの仕事ではない、ってことが書いてあったし。

 気遣い症の三谷さんの、思うところなんだろうなぁ、と思う。
 人と関わって作品を作りあげるときのスタンスというか、プロ意識というか。


 就職してから、そこらへん昔よりわかるようになったかなぁ。他人と共同で開発とかやると。自分の意見を通して相手のモチベーションを奪ってしまってもいけないし、それぞれがそれぞれの力を発揮できるのが理想。でも気遣ってやってると、妥協の産物としかいえないどうしようもないものが出来上がる。このソフトウェアは妥協だらけだ!
 人と共同で何かを作って、妥協せずに、モチベーションも下がらずに、納得できるものが作れたら、それは凄く爽快なことなんだけれど、物凄く稀なことなんだろうなぁと。俺は煉獄作ったとき、初めて共同作業で気持ちが良かったのだ。

 大方の場合、人間関係にはある程度の妥協が必要。それが、歯がゆいんだよなぁ。