2011年7月5日火曜日

ぼくはくま

 暑い。あまりにも暑い。
 暑くて頭がヘンになりそうだ。

 会社でサマータイムが始まり、毎日早く起きている。
 睡眠時間は減少するし、なのに気温だけはじりじりと焦げるように暑い。
 正直、これでは、仕事に対する集中力が続くはずもない。

 今日はもう全然集中できなかったので、宇多田ヒカルの「ぼくはくま」を頭の中でずっと歌っていた。


---------歌詞-----------

ぼくはくま くま くま くま
くるまじゃないよ くま くま くま
歩けないけど踊れるよ
喋れないけど歌えるよ
ぼくはくま くま くま くま

ぼくはくま くま くま くま
けんかはやだよ くま くま くま
ライバルはエビフライだよ
ゼンセはきっとチョコレート
ぼくはくま くま くま くま


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 この歌はなんとなく好きである。
 なにが好きかというと、始まってすぐに、くまが「くるまじゃないよ」と断りを入れるところ。

 会ってすぐにこんな断りを入れるということは、くまは、車と間違われる経験が多いということだろう。
 もちろん、本気でくまと車を間違える人間がいるというのは、にわかには信じがたい。僕自身、28年間生きてきて、そこそこの経験は積んできたつもりだが、それでも車と間違われたことはなかったと思う。
 つまり、くまは日頃から、車と呼ばれてからかわれており、でもそれがいやなので、「くるまじゃないよ」とまず断りを入れ、くまとしての自己のアイデンティティを確保しようとしているのである。
 その、「くるまじゃないよ」と言うときの、くまの不安げな表情が想像されて、可愛らしく、なんとも微笑ましい気分になるのである。

 だがずっと会社で、頭の中で歌っていると、ちょっと気になることがでてきた。
 今まで微笑ましい歌としてずっと聴いてきたのだが、その次の、「歩けないけど踊れるよ」「喋れないけど歌えるよ」というフレーズが、妙に引っ掛かった。
 
 これまでは、踊れる、歌える、という部分にばかり意識がいって、その部分を気にかけたことがなかった。くまもなかなか楽しそうだなぁ、と僕は無邪気にその歌を聴いてきたのだ。
 だが、「歩けない」「喋れない」というのはどういうことか。普通に考えれば、歩けないのに踊れるわけがなく、喋れないのに歌えるわけがない。
 ならば何故、くまはそんな嘘を、おおっぴらに、まず自己紹介したのか。
 本当に、歩けず、喋れないのだとすれば、それは何故なのか。くまに何があったのか。

 くまは歌う。

『けんかはやだよ』



 ここでまず、くまの人間関係を整理してみることにした。
 歌詞から推測できるくまの人間関係は、以下の図のとおりだ。




 さて、ここで僕は、くまがこの中の誰かから、いじめを受けているのではないかと推測した。
 論拠は、以下の通りである。

 ・くまは、くるまと間違われることを恐れている。(いつも呼ばれてからかわれているため)
 ・くまは、歩けず、喋れない状態にされている。(そのことについて、でも踊れる、歌える、と主張し、いじめられながらもプライドを守っている)
 ・くまは、けんかを嫌がっている。


 おそらく、くまとしても、面と向かって「ぼくはいじめを受けている」とは言えないのだろう。だがこれだけのSOSのシグナルがあれば、やはり気付いてやらねばならないのだ。
 では、くまをいじめている犯人は誰か。

 まず前世であるチョコレートは排除できるだろう。別人であるところのくるまも、くまとよく間違われる張本人なわけで、いじめっこがからかってくるまの名前を使っているのであれば、くるま本人はいじめっこではないと推測できる。
 やはり怪しいのは、ライバルのエビフライだ。チョコレートは貴族も嗜む高級な嗜好品であるし、くるまは輪をかけて高価な乗物であり、それぞれ育ちの良さが窺える。だが、エビフライはしょせん油にまみれた揚げ物であり、いくらタルタルソースを付けて美味しかったところで、その育ちの悪さは隠せない。
 だが、くまがストレートに「ライバルはエビフライ」と言及しているところが引っ掛かる。くまの心理からいって、敵対関係、と表で表明できるような状態ではないと思うのだ。エビフライはストレートに怪しいがゆえに、逆に怪しくないのである。

 行き詰まって、二番の歌詞を聴いてみた。
 すると、そこには新たな登場人物がいた。


---------歌詞-----------

ぼくはくま くま くま くま
冬は眠いよ くま くま くま
夜は「おやすみ、まくらさん」
朝は「おはよう、まくらさん」
ぼくはくま くま くま くま

夜は「おやすみ、まくらさん」
朝は「おはよう、まくらさん」
ぼくはくま 九九 くま
ママ くま くま


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 更新した関係図は以下のとおりだ。

 


 まくらさん。
 こいつとの関係は、よくわからない。他のキャラとの関係は明示的に示されているのに、まくらさんについては、くまが挨拶していることしか窺えない。朝晩一緒にいるらしいが、それは仲の良い関係なのではないか。
 だが、ただ挨拶を繰り返すだけの関係は、果たして健全なものだろうか。

「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」
「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」
「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」

   ↓

「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」
「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」
「おやすみ、まくらさん」
「おはよう、まくらさん」

 挨拶を繰り返すうち、くまの瞳は徐々に虚ろになっていく。

   ↓

「おやすみまくらさん。おはよう、まくらさん。おやすみ、まくらさん。おはようまくらさん。おやすみまくらさんおはようまくらさん。おやすみまくらさん、おはようまくらさん。おやすみまくらさんおはようまくらさんおやすみまくらさんおはようまくらさんおやすみまくらさんおはようまくらさんおやすみまくらさんおはようまくらさんおやすみおやすみおやおやおやおやおやおやおや


ぼくはくま 九九 くま
ママ くま くま」


 こういうことだったのだ。

 まくらさんとくまとの間で、何があったのかは謎である。
 そこには狂気じみてはいるが、ある種の愛憎のようなものが感じられる。単なるいじめではなかったからこそ、くまとしても、喋れないけど歌えるよ、とまくらさんを庇うような発言をしているのかもしれない。

 最後にはついに、自分のくまという名前さえ言えなくなってしまったくま。最後に口から飛び出した言葉は「ママ」。

 ……なんともやるせない真相だった。



 そんなことを考えていた7月の昼下がり。
 それにしても暑い。あまりにも暑い。
 暑くて頭がヘンになりそうだ。

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